大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)41号 判決

原告 新藤洋一

被告 大河平光雄

主文

特許庁が昭和三一年抗告審判第二、五四三号事件について昭和三五年四月二五日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨および原因

原告訴訟代理人は、主文どおりの判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、被告は、第一類散薬、錠薬を指定商品として、昭和一八年一〇月二一日出願、昭和一九年三月四日登録にかかる、「バナヂン」なる商標につき、登録第三六一、八四二号の商標権を有するところ、登録以来全く右商標を使用していないものであつて、そのことは右登録商標の指定商品たる散薬、錠薬の製造については、薬事法の規定によつて所定の許可を必要とするが、所管官庁たる厚生省薬務局に対し、右商標名の薬品につき、いまだ一回もその製造許可の申請がなされず、したがつてその許可もなされなかつた事実に徴して、明白である。

二、原告は、昭和二八年四月二二日、「パナシン」と縦書した商標について、第一類所属商品を指定商品として商標登録出願をしたところ、特許庁は被告の前記登録第三六一、八四二号商標を引用して、原告の右出願を拒絶した。

三、そこで、原告は、利害関係人として、昭和三四年法律第一二八号によつて廃止された前の商標法(大正一〇年法律第九九号、以下に旧商標法という。)第二二条、第一四条により、被告の前記登録商標が引続き三年以上使用されないことを理由として、昭和二八年一〇月三一日、その登録取消審判を請求したところ、特許庁は、昭和二八年審判第三九三号として審理のうえ、昭和三一年一〇月四日附で、請求人である原告の右申立は成り立たない、との審決をした。原告はこれに不服であつたので、同年一一月一七日、抗告審判の請求をし、同年抗告審判第二、五四三号として受理されたが、これ亦審理の結果、昭和三五年四月二五日附をもつて、右抗告審判の請求は成り立たない、との審決があり、原告は同年五月二一日、右審決書謄本の送達を受けた。

而うして、右審決理由の要旨は、原告が提出した昭和二八年一〇月一〇日附厚生省薬務局の発行にかかる厚薬第二三二号(本件の甲第二号証)によれば、被告が「バナヂン」の名称をもつて薬事法による医薬品および公定書外医薬品の製造許可を昭和二三年以来得ていないことは明らかなところであるが、法律による医薬品の製造許可の有無は必ずしも事実上の営業の有無を立証するに足るものでないのみならず、被告が本件の登録商標を使用して医薬品の販売、取扱等の営業をなしていない事実は上記証明書のみを以てしてはこれを断定し得ないところである、というにある。

四、しかし、薬事法の立前からいつて、医薬品の製造には厚生大臣の許可が必要であり、その許可を得るための申請書には、処方とともに販売名すなわち商標を明記しなければならないことになつている。また、製造者と販売者とが同一人でない場合でも、販売者は製造者から購入するものであるから、製造者を通じて製造販売名を記載した許可をうる必要がある。しかるに、前記厚生省薬務局の証明によれば、本件登録商標を附した医薬品の製造を許可されたことも、またその許可申請がされたことすらないというのであるから、その商標の使用されたことのないことは、明らかであるといわなくてはならない。

本件初審の審判および抗告審判において被告から何らの答弁のされなかつたことも、その不使用の事実を認めたものといわなくてはならない。

また、本件抗告審判の審決においては、本件商標を事実上使用したことの有無を問題にしているが、特許庁においてもしその点に問題があるとすれば、よろしく職権をもつて調査すべきである。

本件抗告審判の審決は以上の点においてその判断を誤つており、違法の審決であつて、とうてい取消をまぬかれない。

第二答弁

被告は、公示送達による適法の呼出を受けたにかかわらず、本件口頭弁論に出頭せず、また何らの答弁をしない。

第三証拠〈省略〉

理由

一、真正の成立を認め得べき甲第一号証および弁論の全趣旨によれば、原告がその主張の「バナヂン」なる被告の登録商標につき、それが引続き三年以上使用されていないことを理由として旧商標第二二条、第一四条により商標登録取消審判を請求したところ、昭和二八年審判第三九三号として、右申立は成り立たない、との審決があつたので、さらに抗告審判の請求をし、昭和三一年抗告審判第二、五四三号として審理されたが、昭和三五年四月二五日附をもつて、原告主張のような理由のもとに右請求は成り立たない、との審決がなされ、原告主張のころその審決書謄本が原告に送達されたことを認めることができる。

二、ところで、被告の登録商標の指定商品たる散薬、錠薬の製造については、その一般的名称とともに販売名をも明らかにして、品目ごとに厚生大臣の許可を得なければならないことは、薬事法の規定(本件についていえば、昭和三五年法律第一四五号薬事法によつて廃止された昭和二三年法律第一九七号薬事法第二六条第三項、第六六条、同法施行規則第二二条)によつて明らかであるので、被告が本件登録商標をその指定商品につき正当に使用するためには該商標を附した医薬品の製造について厚生大臣の許可を受けてなければならない。ところが、真正の成立を認め得べき甲第二号証(厚生省薬務局の証明)によれば、昭和二三年以来「バナヂン」なる商標を附した医薬品につき製造登録および公定書外医薬品としての許可がされたことのないことを認めることができるので、被告が少なくとも当時引続き三年間右登録商標を使用していなかつたものと認めるのが相当である。しかるに、本件抗告審判の審決が、法律による医薬品の製造許可の有無は必ずしも事実上の営業の有無を立証するに足るものでないのみならず、被告が本件の登録商標を使用して医薬品の販売、取扱等の営業をなしていないことは上記証明書のみを以てしてはこれを断定し得ないところである、としたことは、いやしくも本件商標の指定商品の製造については法律による許可を得る必要があること、またその販売、取扱についても、その製造について許可が必要である以上、製造許可のなされない商品が販売され、または販売のために製造されるなどのことは通常予想し得ないこと(前示改正前の薬事法第三一条参照)であり、かりに法律に違背した製造、販売等がなされたとしても、右の行為は、登録商標の正当な使用として顧慮するにあたらない点にかんがみ、とうてい首肯しえないところである。

三、本件抗告審判の審決は、原告提出の前記証明書によつて本件登録商標不使用の事実を認め得ないとした点において、判断を誤つており、取消をまぬかれない。よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 入山実 荒木秀一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例